なつなつ
コーニファイドエンベロープやタイトジャンクションは多くの人にとって聞き馴染みのない言葉だと思いますが、皮膚科学の世界では皮膚のバリアに極めて重要な因子であると言われています。
今回ご紹介する内容は皮膚科学の中でもかなり難しい領域にはなりますが、コーニファイドエンベロープやタイトジャンクションは化粧品のターゲットになることも多く、知っておいて損はありません。
本記事では、非常に難解なコーニファイドエンベロープとタイトジャンクションについて、一般の方にも分かりやすいように研究者目線で丁寧に解説したいと思います。
ぜひ本記事を参考に、皮膚のバリアに重要なコーニファイドエンベロープとタイトジャンクションを勉強してみて下さい!
もくじ
コーニファイドエンベロープ(CE)とは?
ほとんどの人がコーニファイドエンベロープについて聞いたことすらないと思いますが、個人的にはセラミドと同じくらい皮膚バリアに重要な因子だと思います。
コーニファイドエンベロープは英語ではCornified Envelopeと表記し、その頭文字を取ってよくCEと略されます。
コーニファイドエンベロープを一言で言うと角層の細胞の周りを囲んでいる非常に強固な構造体です。この構造体が皮膚バリアに極めて重要と言われています。
表皮では基底層で細胞が生まれ、有棘層・顆粒層に上がっていくにつれて徐々に細胞が成熟していきます。以下の記事で解説しましたが、これが表皮のターンオーバーの前半である細胞の分化です。細胞の分化とは、細胞が成熟することでしたね。
【勘違い多数】 皮膚のターンオーバーとは?皮膚科学の基礎から徹底解説!ここでいう細胞の成熟というのが、まさにコーニファイドエンベロープの成熟のことを指します。
有棘層や顆粒層の付近ではコーニファイドエンベロープが未熟である、すなわち細胞の周りを囲む構造体はもろくて不完全な状態になっています。細胞が角層に移っていくにつれて徐々に成熟した状態、すなわち強固な構造体になっていくのです。
強固な構造体と言われるとイメージしづらいかもしれませんが、簡単に言うと細胞の外側に存在するタンパク質がたくさん結合して強力なネットワークを作っていくというイメージです。
コーニファイドエンベロープを構成するタンパク質は様々ありますが、主なものとしてはロリクリン・インボルクリン・フィラグリンなどがあります。
これらのタンパク質をトランスグルタミナーゼという酵素がどんどん結合していき、細胞の外側に強固なタンパク質ネットワークを作っていくのです。
そうして最終的に成熟したコーニファイドエンベロープが出来上がります。
- コーニファイドエンベロープは角質細胞の周りを取り囲む強固な構造体である
- コーニファイドエンベロープは複数のタンパク質が結合することで成熟し、強固なネットワークを形成している
コーニファイドエンベロープの特徴
コーニファイドエンベロープの最大の特徴はその強靭さです。コーニファイドエンベロープは皮膚バリアの要と言っても過言ではありません。
先ほど解説したように、コーニファイドエンベロープは複数のタンパク質が多重に結合し高度に組織化して形成されます。この構造体は非常に強固であり、基本的に溶剤や高濃度の界面活性剤でもほとんど溶けません。
そしてこのように強固な構造で細胞を取り囲むことで皮膚に機械的な強靭さを与えると共に、皮膚内へのアレルゲンなどの刺激物質の浸透を強力にブロックしています。
そしてさらに重要なのが天然保湿因子(NMF)の流出抑制です。角質細胞には肌の保湿に重要な天然保湿因子が多量に含まれています。角質細胞の周りを成熟したコーニファイドエンベロープが取り囲むことで、洗顔時などの天然保湿因子の流出を抑えることが出来るのです。
コーニファイドエンベロープが未熟である、つまり強固な構造が形成されていない場合、上記のように刺激物質の侵入や天然保湿因子の流出が起こりやすくなります。その結果、皮膚バリア機能の低下や保湿力の低下が引き起こされます。
実際にこちらの論文では、皮膚のバリア機能とコーニファイドエンベロープの成熟度に関連があることが示されています。このようにコーニファイドエンベロープを十分に成熟させることは、バリア機能を向上し皮膚を正常に保つために極めて重要と言えます。
- 成熟したコーニファイドエンベロープは刺激物質の侵入やNMFの流出を抑制し、皮膚バリアの向上や皮膚の正常化に寄与する
タイトジャンクション(TJ)とは?
タイトジャンクションも皮膚科学の極めて専門的な領域になりますが、皮膚バリアに非常に重要な因子なので詳しく解説したいと思います。
タイトジャンクションは英語でTihgt Junctionと表記し、よくTJと省略されます。タイトジャンクションを簡単に言うと角質細胞どうしを強く結合させる接着剤のような構造体です。
タイトジャンクションの特徴は、顆粒層の特定の位置にのみ存在するということです。上の図では表皮の顆粒層の上からSG1細胞、SG2細胞、SG3細胞が並んでいますが、このうちタイトジャンクションが存在するのはSG2細胞のみであると言われています。
この上から2番目の細胞の上部を固いひもで縛るようにしてタイトジャンクションが存在しています。言葉で説明するのは難しいのですが、イメージはこんな感じです。
細胞の「袋」をタイトジャンクションの「ひも」がギュッと縛って密着させているようなイメージです。
このようにタイトジャンクションによって細胞と細胞を強固に密着させることで、アレルゲンなどの刺激物質の浸透を強力にブロックしています。
- タイトジャンクションは顆粒層上層に存在するひも状の接着構造である
- 細胞どうしを強く接着させることで、刺激物質の浸透を強力にブロックしている
タイトジャンクションの特徴
タイトジャンクションの最大の特徴は、何と言ってもそのバリア機能の高さです。
刺激物質の侵入を防ぐのはもちろんのこと、細胞どうしを強く結合させることで皮膚内部の水分蒸発を防ぐ役割もあります。
さらに以下の記事では、顆粒層の上層で細胞間脂質を含むラメラ顆粒が放出されることを解説しました。
【基礎から解説】 肌のセラミドの役割を皮膚科学の研究者が徹底解説!このラメラ顆粒の中には、実は角層の剥離を促進する様々な酵素(プロテアーゼ)も豊富に含まれています。
基本的にこれらの酵素はターンオーバーの後半である角層剥離を促進するために必要なものですが、これが皮膚内部の未熟な細胞に作用してしまうと細胞へのダメージが非常に大きいと言われています。
タイトジャンクションは、このように刺激の強い酵素を含む細胞間脂質の逆流を抑制することで、角層の剥離は促進しつつも内部の細胞を酵素の刺激から守る働きも担っています。
実際にタイトジャンクションを境界として、外側の細胞間脂質と皮膚内部の体液・水分が明確に区切られていると言われています。
タイトジャンクションは皮膚バリアの観点でも極めて重要ですが、分泌した酵素で自らを攻撃しないように皮膚を守る役割も果たしているんですね。
そしてもうお分かりだと思いますが、脆弱なタイトジャンクションよりも強固なタイトジャンクションの方が、刺激物質の侵入や水分の蒸発を抑えることが出来るので、皮膚バリアを向上させることが出来ると言われています。
- 強固なタイトジャンクションは、刺激物質の侵入や水分の蒸発を抑制することで皮膚のバリア機能向上に寄与する
- タイトジャンクションは細胞間脂質に存在する刺激の強い酵素の逆流を防いでいる
CE・TJ形成に影響を与える因子
それでは最後に、コーニファイドエンベロープやタイトジャンクションの形成に影響を与える代表的な因子を解説していきます。
アトピー性皮膚炎
こちらの論文では、アトピー性皮膚炎においてコーニファイドエンベロープが未熟な状態であることが報告されています。
実際にアトピー患者の皮膚を採取し健常者と比較したところ、コーニファイドエンベロープを形成する主要なタンパク質であるロリクリンとインボルクリンの発現量が有意に少なかったと報告されています。
まさにこれは、アトピー性皮膚炎においてコーニファイドエンベロープが未熟な状態であり、皮膚バリア機能の低下を招いていることを示していますね。
筆者らはこの原因として、アレルギー反応で応答が見られるTh2サイトカインの関与を指摘しています。
アトピー性皮膚炎ではフィラグリンの発現量低下が観察されていることを以下の天然保湿因子(NMF)の解説記事で紹介しましたが、フィラグリンはコーニファイドエンベロープの形成にも関与していることが知られています。
【保湿に重要】 肌の天然保湿因子について基礎から分かりやすく解説!このように様々なタンパク質の複雑な要因が組み合わさることで、アトピー性皮膚炎では未熟なコーニファイドエンベロープが形成されていると考えられています。
さらにこちらの論文ではアトピー性皮膚炎において脆弱なタイトジャンクションが形成されていることが報告されています。
先ほども出てきたTh2サイトカインによってタイトジャンクションを構成するクローディンというタンパク質が減少することで、脆弱なタイトジャンクションが形成されると推察されています。
アトピー性皮膚炎とTh2サイトカインの関係性は非常に深いと言われており、現在でも最先端レベルでの研究が進んでいます。このようにTh2サイトカインがCEやTJの形成に影響を及ぼすことで皮膚バリアの低下を招いていることは有名ですので、知っておくと良いと思います。
紫外線
紫外線も未熟なコーニファイドエンベロープやタイトジャンクションの形成に大きく関与します。
以下のターンオーバーの記事では、紫外線が表皮細胞の分化を急激に促進することを解説しました。
【勘違い多数】 皮膚のターンオーバーとは?皮膚科学の基礎から徹底解説!この現象を皮膚科学的に過増殖と言ったりもしますが、このように急激に細胞が増殖していまうと未熟なコーニファイドエンベロープが形成されます。
増殖が異常に速くなってしまうので、コーニファイドエンベロープの成熟に時間を掛けることが出来ないというイメージです。紫外線を防御し、時間を掛けてコーニファイドエンベロープを成熟させることが重要です。
また同様にUVBによってタイトジャンクションのネットワークが脆弱化することもこちらの論文で示されています。
私のブログでもこれまで多く紹介してきましたが、紫外線は非常に多岐にわたる皮膚の機能不全を引き起こしますので、日焼け止めでしっかりと紫外線対策をしましょう。
保湿
こちらの論文では、保湿クリームの塗布によってコーニファイドエンベロープの成熟が促進されることが報告されています。
非常に単純な保湿というスキンケアですが、皮膚の水分量を正常に保つことはコーニファイドエンベロープやタイトジャンクションの形成に関与する様々なタンパク質の機能を正常に保つために重要です。
こちらも私のブログでも何度も出てきていますが、保湿をしっかりと行い皮膚タンパク質の機能を保ちましょう。
CE・TJの形成促進剤
化粧品の領域では、コーニファイドエンベロープやタイトジャンクションの形成を促進する植物エキスなどがよく研究されています。
このような化粧品を使用することで皮膚バリア機能が向上し、肌を正常に保つことが期待できますね。
ここでは具体的に紹介しませんが、興味がある方はぜひご自身で調べてみて下さい。コーニファイドエンベロープやタイトジャンクションを構成するタンパク質に着目した化粧品であれば、これに該当する可能性が高いです。
以下にキーワードとなるタンパク質を示しますので、参考にしてみてください。
- コーニファイドエンベロープの形成に関わるタンパク質
ロリクリン・インボルクリン・トランスグルタミナーゼ・スモールプロリンリッチプロテイン(SPR)
- タイトジャンクションの形成に関わるタンパク質
クローディン・オクルディン
以上、非常に専門的な内容となりましたが、皮膚のバリア機能に重要なコーニファイドエンベロープとタイトジャンクションについて解説しました。
ぜひ本記事を参考に、コーニファイドエンベロープとタイトジャンクションに対する理解を深め、スキンケアの参考にしてみてください!
本記事のまとめ
・コーニファイドエンベロープは角質細胞の周りを取り囲む強固な構造体である
・タイトジャンクションは顆粒層上層に存在する強固な細胞接着構造である
・強固で成熟したCEやTJは皮膚バリア機能の向上に極めて重要である
参考文献・ホームページ
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